この夏は 前回のブログであげたように 助産院つきひかりにとっても 私にとっても 様々な変化がありました そのもう一つの出来事は 私事ですが 父のことでした

8月6日 私の父は 胆石の手術後に血栓ができ 脳と心臓へ飛んでしまい 一命はとりとめたものの 意識は戻らず 現在は気管切開をして生きている?生かされている状態となりました

元々 旅行関連の経営者の父は 40代で胃癌が早期発見され手術で経過良好で転移もみられず仕事を続けることができました それでも日本のバブル崩壊・テロ・サーズ・鳥インフルエンザなど日本•世界状況によって旅行業界の経営は大きく左右されて苦労は絶えず 5年前位に会社で心肺停止状態になり ペースメーカーをいれなければもって3週間と言われ ペースメーカーを入れて持ち直したもののいつ何時また倒れるかわからず・・・仕事を引退する覚悟を決め 次期社長を立てましたが その方が辞退して会社を売却した父

仕事を引退して束の間 2年前に右頸動脈が完全につまり 左半身麻痺で寝たきりになる所でした その時 寝たきり状態になって 『麻痺が残ったまま 下の世話になる位なら死んだ方が良い』と言って 医師がまだあまり成功例のないもう一本の頸動脈と耳の上にある髪に栄養を送る血管をつなぐバイパス手術をやってみるかと提案してくださり 麻痺が改善するかわからない手術を 迷いもなく選択し 驚くほどの回復をみせてくれました その時 私も私の兄弟も父の死を覚悟していました 

父はがむしゃらに家庭をかえりみず仕事に打ち込んできた団塊の世代で 若い時は『太く短く生きれたら良い』なんて言ってきたのですが 仕事を引退したら やり残したことをやりたいという欲が見られ ペースメーカーの入っている体で 若かりし頃に行った旅先を一人で廻ったりしていました 人一倍 生きることに貪欲な父でした

コロナが流行りはじめ ハイリスクの父は 必要以上に感染を恐れ 家にこもり 予防接種もハイリスクでも受けて 私にも早く受けろと強要してきました その2度目の予防接種から1週間ちょっとの血栓からの脳梗塞でした もちろん因果関係はわかりません 

胆石の手術で一時的に血液をサラサラにする薬を止めたこともあると思いますし 手術をする為に病院に入るので コロナの感染を恐れての予防接種だったと思います でも 結果的には ワクチンの一番の副反応の血栓が原因で意識は戻らなくなりました それでも大学病院だったので 助かってしまいました 

父が 今の現状を理解したら 何と思うのでしょうか?

気管切開は 延命治療ではないそうです でも気管切開をしないと痰を飲み込めず 生きていけません

それで気管切開という選択しか 家族に残された選択はなく コロナ禍で面会もできずに父は医療従事者の力を借りて生きています

父は 延命治療も下の世話もされたくない人です それを生かすことが 私は辛いですが 母はそれでも生きて欲しいと願っています そんな母を見ていると 人の命は自分のものだけではないんだなということも学ばされます

生きることとは何か なんの為に人は生まれ なんの為に生きるのかを考える

でも ここにきて 私はようやく 私が生きる本当の意味がわかってきた気がします

父がこの助産院つきひかりをはじめる前に 後継者を育てなさいと私に言ってきたことも助産院つきひかりをはじめる一つのきっかけでした

経営をはじめて コロナも 少子化もあり 中々上手くいかず 何度も父に怒鳴られ 最後の最後の電話も怒鳴られて終わったのですが

父は 助産院つきひかりの場所を横浜にするべきだった 人口も多いし集客も見込めると何度も言っていたが 私は既に沢山の助産院がある場所に作っても意味がないと思うし ない場所にこそ必要と思っています

妊娠中・産後で辛いママや 泣き止まない赤ちゃんには 骨盤ケアやまるまる育児でかなり改善できることも知っているので ただママを休ませる・赤ちゃんを預かるだけでは一時しのぎでしかないことも揺るぎない気持ちです

経営ということだけを考えたら 父のいうことが正しいのかも知れない 

でも それは私のやりたいことではないということをはっきりと知ることができました

正しいか 正しくないか?

何を信じて 何を選択するか?

自分で 決めること 

今 助産院つきひかりの私の大切にしてきたスタッフを手放さないとならない状況になって 沢山悩んで苦しかったけれど 私はやっぱりその思いを貫き通していきたいと思います

沢山の人の力になれないかもしれませんが 必要としてくれる目の前の人に私の持っている力を最大限与えられるように それが私の生きる意味

今月も 今日も 一人でも ケアができることに 私は嬉しい気持ちで満たされています

新しい命が生まれ 子育てを応援できることだったり 沢山の笑顔と涙を一緒に分かち合えるこの仕事がとても大好きなんです

最後に 

最後の最後まで怒鳴られ 心配をかけてしまった父ですが 私はそれでも 父は否定的な母と対照的で 『やってみろ』といつも私を応援してくれ この事業へも経済的な支援をしてくれました だから 本当に感謝の気持ちでいっぱいです

7月末 意識があるときに怒鳴られまくる中 負けずと それを伝えることができました だから後悔はありません 父が安心する状態までに何年かかるのか? 続けられるのかなんてわかりませんが 不安も迷いも今の私にはありません

ただただ 前を向いて 目の前の人の幸せを願い 力になれたらそれで良いかな✨

みんなが生まれてきて 良かったな〜って この子を生んで良かったな〜

そんな暖かい気持ちでいられるようにお手伝いできたら 

私は生まれてきて 本当に良かったなって思います✨

お父さん ありがとう😊 お父さんがいなかったら 今の私はいないだろうな

父に面会ができるなら 父のケアをしたいな〜