1月9日 私の息子の誕生日 今年で17歳を迎えることができました トップ画像は 今の息子の手と 生後100日の時の手型です 大きくなりました

私は 沢山 息子に助けられてきました 

こちらが育てているのではなく 育てて頂いたな•••と今は思っています

初めての妊娠は 流産で•••6週には出血して トイレで綺麗に流れてしまいました 妊娠がわかって 戸惑いと嬉しい気持ちが入り混じり 1週間で消えてしまい•••思っていたよりショックで 助産師の仕事がとても辛かったな•••でも それまでの自分は とても今では考えられない位 はちゃめちゃな生活でした

妊娠•流産するまでは まだ子どもなんてと思っていたのに これがきっかけで 赤ちゃんを迎えたいという気持ちになりました 生活をできる範囲で整えて 3ヶ月後 息子がお腹に来てくれました とって嬉しくて愛おしい気持ちでした

まんまるの胎嚢ではないけれど なす型やきゅうり型ではなかった💦

それなのに 12週で羊水検査をするかを悩み 務め先の産科の女医さんに相談したら 

『異常があったら中絶する勇気はある? 異常が見つかって 妊娠を継続するのは胎教に良くないので この妊娠を継続したいなら勧めない 良くお母さんたちは産まれた後 五体満足かと聞くけど 泣いて呼吸が出来ること 生きていく為の第一歩は呼吸できるか?まずそこを気にしないといけないのにね』

と言われました 

後で気づいたのは その女医さんのお子さんはダウン症でした その時は自分のことばかりで その女医さんへの配慮を全くできず•••ハッと気づいた時になんて質問をしたんだろうと とても反省しました

看護師で最初に配属になったのが NICUで 先天性異常のある赤ちゃんを沢山見てきたので不安でした しかし その女医さんの一言で 覚悟が決まりました 

どんな子でも産みたいなと思いました 無事に産まれた後に病気になることもあるかもしれないし 不慮の事故にあうかもしれない でも それを気にしている位なら産まない方がよいのかもしれないと思えました そこから不安が消えて幸せなマタニティライフを送ることができました

その女医さんの言葉は ずっと忘れません これから会える機会があったら 感謝の気持ちを伝えたいなと思っています

出産は2日半がかり 前期破水•微弱陣痛からの促進剤 そして無痛分娩に切り替えるという散々なお産で•••自然に陣痛が来て フリースタイルで産みたいという夢はガラガラと崩れ 立ち会い分娩をする予定が一人の方が気が楽で旦那さんを退出させる始末で•••

助産師としてはなんとも情けないお産でした😢 今 思い返してみると 骨盤も歪み 酷い反り腰だったので よく帝王切開にならず それだけでもラッキーだった••• だけど もう一度骨盤ケアをして お産やり直したいと今でも思います

そんな分娩体験は でも私の理想をガラガラと崩してくれて 助産師でも出産も育児も初めての体験なんだ 助産師でも他のママとなんら変わらないと思えて とても気が楽になりました もし自分の出産が思い通りになっていたら きっとそのあとが辛かったかもしれません

初めて会う我が子は 想像以上に可愛くて驚きました 看護師•助産師になってNICUや産科で沢山の可愛い赤ちゃんを沢山見てきたけれど 我が子は違っていました あんなに長く辛い出産も3時間後に母子同室になって 隣で一緒に寝ていたら 二人目が産まれたらどんな顔なんだろう?見てみたいと思ったことを覚えています

人生において 自分が主役になれることは 結婚式と出産じゃないか?結婚式もみんなにおめでとうと言ってもらえて幸せだったけれど それと比にならない幸せを感じることができました 本当に産まれて来てくれてありがとう と思いました きっと流産を経験しなかったら 私はそこまで思えなかったのかもしれません その時 辛かった流産も私には必要な経験だったのかもしれないなと思えました

そこから半年は 本当に毎日が幸せで楽しくて 多分人生の中で1番楽しい時期だった様な気がします まだ終わってませんけど(笑) 

でも 一方で 息子の可愛さを感じれば感じるほど なぜ母親が2ヶ月で私を祖母の所に置いてこれたのか?とか 他のママたちが自然に行っている愛着行動に違和感も感じることがあり 動きだす我が子に苛立つ様にもなりました もしこの時に赤ちゃんの発達のことを知って育児ができていたら 動きだす我が子の成長を喜べた様な気がします

動きだす我が子 目が離せないことへの苛立ち そして旦那さんの母親と同居が重なって7ヶ月で仕事復帰 8ヶ月には母乳を辞めてしまいました 次の子で母乳育児すればいいやって 全て自分中心の育児•••そんな私には次の子は来ませんでした

もっと母乳を長くあげれば良かったな••• 母乳育児を早々に諦めたママたちがよく口にする言葉を私も口にしました 母乳育児は時に辛いこともあるけれど 辞めることはいつでも出来るでも辞めてからやろうと思ってもできないもの•••時間がたってから 思うものなんですね だから 後悔しないように ママたちを支援したいなと思いました

仕事復帰をしたら 助産師という仕事が出産前より何倍も楽しくなりました その分 子どもは保育園任せになっていき 子どもの成長をずいぶん見逃しました 今思うとなんであんなに早い時期に あんなに可愛い時期に私は働いてしまったんだろう•••あの時期はもう戻ってこないんだな•••

毎日のこととなると育児は大変なことも多くて 仕事している方がよっぽど楽と思うけれど 仕事はいつでもできるけど 子どもはどんどん成長しちゃうので やっぱりしっかり歩くまでは自分の手で育てれば良かったなと今でも思います そこも 私は母親に育てられていないことが多少は影響しているのかもしれません 

だから 私は早く働き出そうとするママには この話をします 『なるべく一歳まではママが育ててあげて欲しいな 無理ならハイハイ•お座りまででもよいから』 

でも早く働き出そうとするママも私と同じように その時期に母子分離していることが多いことに気がつきます 私たちが幼い頃は育児休暇がなかったんです 育児休暇は1992年育児休業法ができて それまでは産後2ヶ月で仕事復帰していた時代でした 保育園は2歳からで 2歳までは親に預けて働くか?仕事を辞めるという選択肢しかなかったんですね だから専業主婦も多かったんです そう考えると 今はよい時代になりましたよね

気がついたら息子は一歳を迎えていました