先日のママの なんのために生きているんだろう なんのために働いているんだろう その言葉が 頭の中でグルグルして

高校1年生の時にそんなことを考えて 学校に行けなくなったことを思い出しました

その時 ちょうど英語の教科書にアインシュタインの伝記が書かれていて たしかこんなことが書いてありました 覚えているワード

人は人のために生きている

人は一人では生きられない どんな仕事も人の役にたっている

当たり前の言葉のようだけれど 私はこの言葉で 自分の生きる意味を見つけました

親からの縛りが強く 親の思い通りにいかないと親に叱られたり 機嫌が悪かったので 中学生までは親の為に 親に認められたくて勉強していた自分

自分のために勉強するという気持ちが持てなくて高校生になると グッと難しくなる勉強が全く楽しくなく 周りが将来の夢にむかって頑張っている姿に 同じ空間にいることがとても辛くなってしまいました

人は人のために生きている

自分がもしいなくなったら誰が悲しむのだろう そう考えた時 一人でも悲しむ人がいたらその人を悲しませたくない 

人は一人では生きられない どんな仕事も人の役にたっている

たしか幼い時に読んだ外国の絵本で 名前は忘れてしまったけれど 世界で自分が一人きりになってしまう 最初は好きなものを食べて 乗り物も自由に乗って お金もいくらでもある 好き放題できる でも•••当然 話す相手も遊ぶ相手もいなくて つまらない そして孤独でこんなのは嫌だと泣いて 目が覚めたら夢だったというような本を思いだしました

当たり前のように店にいけば食べ物が売っています でも一つの食べ物に たくさんの人が関わっています 食べ物を食べれなければ 生きていけません 生きていく上で食べ物の他に住む家や家電 洋服 日用品 全てが誰かの手によって作られているんですよね

そう思うと 孤独と思っても 自分が生きていられるのは 人に支えられて生きていられるんだと思います 時に人の言葉や態度に傷つき 人が嫌になることもあるけれど そんな人ばかりではない 人によって励まされたり 楽しい•嬉しいという気持ちにもなります

自分では人のために生きているつもりがなかったとしても 仕事は人が必要としてくれるから仕事があり それでご飯が食べれているのです つまり人のために生きていることになっているのかなと思います

高校生の私は 人のために生きているならば より人のためになると感じられる仕事が良いと思いました 生きる意味をより感じたかったんでしょうね

助産師という仕事につけて 今 感じていることは

実は たくさんのママや赤ちゃんやスタッフ 周囲の人に 私は助けられ支えてもらって この仕事が続けさせてもらっているということ

ママや赤ちゃんを助けたい 役にたちたいと思ってやってきたけれど みなさんがきてくれるからそれができるということ

自分がなんとかしてあげたなんてことはないんです

本当にみなさんのおかげなんです

なんのために生きているんだろう なんのために働いているんだろう

孤独になった時でも

目に見えないところで あなたは人に支えられ 人を支えているということを忘れないで

私も また今日から 生きていこうと思います