今日 10月21日は ひかりちゃんの一歳のお誕生日

お誕生日会 ママの手作りのサツマイモのケーキ

ひかりちゃんは 3人姉妹の末っ子 

ひかりちゃんの誕生日の為にママとお姉ちゃんで飾りつけ

ひかりちゃんのママは 長女のゆづきちゃんを産んだあとに 体が辛くて 私のケアをうけに来てくれました 初めの頃は 体も辛い上に色々とわからないことだらけで 泣いていました

次女のこころちゃんを妊娠して 今度は妊婦の初期からケアをうけて 1人目の時から知っていればって 良く言っていました 今回はとても楽✨ 出産も産後も 1人目の時とはまるで別人でした 私も2人目はこんなに変わるんだ〜良かったと何も心配していませんでした

実は 私のSNSのハンドルネームは こころ こころちゃんの名前がついた時 こころちゃんきたーって思ってました もう既にこの頃からすごいご縁があったかもしれませんね

3人目の妊娠は ケアを初期からうけていたのに 次女のこころちゃんの時とはちょっと様子が違っていました💦 パパのお仕事が週末しか帰って来れないポジションになってしまい 2人の幼稚園の送迎や行事もあって 1人で頑張らないといけない状況に•••横になっていられる時間は ほとんどありません 

そんな無理も続いて とうとう34週でお腹が張って 破水してしまいました しかも破水はただの破水ではなく 出血をともなうものでした 個人病院に通院していたママは個人病院から受け入れ先の病院を探してもらい•••運ばれてすぐに緊急帝王切開に💦

あと15分遅かったら••• 2人とも命はありませんでした

産まれて間もないひかりちゃん

3人目にして 予定日より6週間も早い出産 そして帝王切開 出血も多量 赤ちゃんはNICUへ•••

この急展開に 気持ちがついていけないうちに ママだけが退院 病院も遠い そして上の子たちはほぼ完全母乳だったのに母乳を搾らないといけない 帰ったら上の子どもたちが待っている そんな状況 本当に辛いと思います

それでも まだひかりちゃんが入院中は 良かったんです ひかりちゃんは週数の割に体重があったので 他の早産の赤ちゃんよりも早く退院になってしまいました でも 体重があってもやっぱり早産は早産 おっぱいを吸う力も弱くて帰ってからも上の子たちの様にはいきませんでした

実家のお母さんが手伝いに来てくれて 上の子たちのお世話をしてくれてはいましたが持病もあって無理できない体 上の子たちはママがお家にいれば ママ•ママって甘えてもくる ひかりちゃんは一回に沢山飲めない 帝王切開の傷も痛む上に貧血もある パパは仕事で重要なポジション 毎日遠方から帰ってきたり 仕事調整をして休みをとるように頑張っていたけど•••長期休暇は難しい状況

そんな中 ママの精神状態は不安定になって寝ることが出来ない 思考が止まって 思うように動けない そんな自分にまた自信がなくなる••• 明らかに 上の子たちの時は違っていました 周りのママ友さんもとても心配して ひかりちゃんを一晩づつ預って 夜寝かせてあげようと協力したり•••私も何度か出張しました

そんな中 ママという役割から一度離れて ゆっくりしないと駄目だという状況になり•••ひかりちゃんは早産でみてもらっていた病院が預かってくれることになりました でも•••ママは 早産な上に 普通分娩ではなく帝王切開 そして母乳も与えてあげれない まんまる育児もできない 何一つ上の子たちにやってあげられたことができないことに 罪悪感を感じてしまったんです

なんとかしてあげたい 私はその一心で ママが元気になるまで まんまる育児をして育てるから安心してとひかりちゃんを大晦日から預かることになりました ひかりちゃんは2ヶ月過ぎでした

私の母が私を産んだ時代 育児休暇がなく産後2ヶ月の産休しかない状況で 母の仕事復帰の為に2ヶ月で遠く離れた祖母の所において来られてしまいました ひかりちゃんを2ヶ月で預かることになった時 ひかりちゃんと自分の姿が重なりました ママが泣きながらひかりちゃんと別れる姿をみて 自分の母はどうだったのかな•••って胸がギュッとなりました

私は16年ぶりに育児をすることになりました 夜中の授乳や車がないので スリングで抱っこしてバスに乗って買い物に行き グズグズに付き合ったり•••40代で妊娠や出産をされて頑張っているママたちがこんなに大変なんだと知りました

20代後半で息子を産んだ時 夜中の授乳はそんなに大変だなんて思わなかった•••高齢出産で育児を頑張ってるママってすごい

仕事も普通に行っていたので ケアの合間にミルクをあげたり 時に付き添いできた他のパパさんがミルクを飲ませてくれて💦 みんなひかりちゃんを 懐かしい✨可愛い💕と 泣いてケアが中断しても 温かく見守ってくれました

ケアに来てくださる皆さんが 温かくて助けられました ひかりちゃんがお家に帰ってから ひかりちゃんと会えると楽しみにしてたのに〜 とひかりちゃんに会えるのをほとんどの方が楽しみにしていたことを知りました

息子も 私がお風呂の時や家事をやらないといけない時にひかりちゃんを抱っこしてバランスボールで揺れたり ミルクをあげたり お兄ちゃんなんだか?お父さんなんだか?という位 お世話をしてくれました

ひかりちゃんがお家に帰って少ししてからケアの時 5ヶ月 私には笑わないのに息子には笑った 

週に一回のみどり助産院の出張も スリングに入れて1時間の小旅行 でも段々とコロナのことが深刻化して来てハラハラしながら 新幹線やグリーン車、タクシーを使って 人混みを避けつつ ママが良くなることを信じて ひかりちゃんと過ごしました

みどり助産院の先生やスタッフの方も 私の骨盤ケア中 ひかりちゃんをみてくれたりお風呂に入れてくれました ピカちゃん💕って可愛がってくれました

ひかりちゃんをお預かりして感じたこと それはやっぱりママがいいってこと パパやお姉ちゃん達の側がいいってこと

私は不妊治療をして2人目の赤ちゃんを授かることができなかったので もしママが元気になれない時は 養子させて頂いて育てたいという気持ちも少しはあったけれど ひかりちゃんは44年前の私 やっぱりママの側がいいって そう思ったんです

私は2歳までおばあちゃんに育てられたけど お母さんに育てられたかった 今でも思います

だから ママが少しづつ元気になって パパがひかりちゃんを連れて自宅と我が家を何度も往復して 試験外泊を何度か実施 2月14日にお家に帰れた時 本当に本当に良かった〜って思いました 1ヶ月半という短い間でしたが 寂しいという気持ちよりも これで良かったんだと思いました

産後鬱 それは 誰でもなりうる可能性があること 初めてのママでなくても その時の体調や環境によってはなりうることを知りました でも 対応次第で良くなることも知りました

妊娠中も産後も 辛い時に 辛いよって言えること 誰か助けてって言えること

そんな時に駆け込める場所や人がいること 早くそういう場所作らないと

そう思って 助産院つきひかり を作ることにしました

開院時の撮影 ひかりちゃん8ヶ月

ひかりちゃんとママのことがなかったら 私は今も 二宮でひっそりとケアをしていたのかもしれません

誕生日前の日曜日 ひかりちゃんのお誕生日会とできなかったお宮参りに同席させていただきました✨ひかりちゃんが ママとぴったりくっついて ニコニコ笑っている姿 家族そろって記念撮影している姿 お姉ちゃんがひかりちゃんにママお手製のサツマイモのケーキを食べさせている姿 どれもこれも ウルウルしていました

ママもひかりちゃんも あの時 命が助かって良かった

ママが元気になって良かった

家族そろって こんな幸せな日を迎えられて 良かった

辛かった日々 笑えるようになって良かった

ママもひかりちゃんも パパもお姉ちゃん達も ご両親も 周りの人達も 

みんなで乗り越えた この一年を 私は忘れません

ひかりちゃん ありがとう✨ そしておめでとう🎉大好きなママとパパとお姉ちゃんたちと一緒に どうか元気に成長してね

最後に••• 今 辛くて 苦しくて 悩んでいる ママへ 

辛い時は辛いって言っていいよ 助けてって言っていいんだよ 

そんなママの力になりたい きっと笑える日がくるからね

あなたを産んで良かった 産まれてきて良かったって 

みんなが思えるように 側にいるよ